チャンプルー! 秘書日誌
沖縄事務所と永田町議員会館の秘書たちが、ウチナー、ヤマトを駆けまわる喜納昌吉の議員活動のあれこれを紹介します!  
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 原爆の火 零時三分前
weblog / 2008-02-26
2005年7月16日、喜納議員はサンフランシスコで行われた核兵器解体ウオークのオープニングイベントで演奏しました。核兵器解体ウオークの主旨は以下の通りですが、この行脚を記録したドキュメンタリードラマが完成しました。タイトルは、「原爆の火 零時三分前」です。喜納議員の演奏シーンもあるそうです。一般公開に先がけて、今夕国会近くの憲政記念館で、国会議員向けの試写会が開催されます。どんな映画になっているのか、楽しみです。


【核兵器解体ウオーク主旨 (核兵器解体ウオークHPより引用)】

約60年前の広島。第二次世界大戦終戦の望みをかけ、世界最初の原爆が落とされ、その炎が採取された。3日後、二台目の原爆が日本で唯一クリスチャン都市である長崎に落とされた。二度と原爆使用をさせまいという願いと、平和への祈りの象徴としてその炎はいまだに燃え続けている。長崎が原爆の恐ろしさを体験した、世界最後の都市である事を祈り、何十年にもわたって、禅宗の僧侶達は自らの身を削るように広島長崎間を往復し続けていた。2005年7月、その僧侶達は、アメリカンインディアン、色々な宗派の平和団体と共に、サンフランシスコから世界最初の原爆実験の場所である、ニューメキシコトリニティーサイトまで、砂漠、山、250以上の街を越え、2500キロの道のりの旅をした。60年ぶりにその発祥地に戻った原爆の炎は、いままでの何世代にも渡って続いてきた核兵器の恐れに終わりを告げたのである。

参照: http://www.gndfund.org/jp/index.html

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