国際・地球温暖化問題に関する調査会
平成21年06月17日
○喜納昌吉君 小宮山宏さんに三つほど聞きたいと思っています。
まず一つは、経済危機克服のための有識者会議で……
○参考人(小宮山宏君) ちょっと済みません、よく聞こえないんですが。
○喜納昌吉君 ごめんなさい。
三つ聞きたいんですね。
まず一つ目が、経済危機克服のための有識者会議で自立国債の提案をされて大きな反響があったと聞いておりますが、されなかった理由ですね、一つは。
二つ目が、CO2を出さない等の理由で原子力発電への注目が集まっていますが、原子力には新たなリスクが発生すると思いますが、その点について。
三つ目に、人類にとって地球が小さくなっているということで、増え続ける人口問題について。私としては国境に問題があると思っているんですけどね。あらゆる生命は国境を持たないんですけど、あらゆる生命、命は国境がないんですけど、魚も国境を持たずに泳いでいる。
○参考人(小宮山宏君) 国境というのは、国の。
○喜納昌吉君 そうそう。国境を持たずに動いているんですけどね、鳥も風も雲も。生命には本質的に国境はないんですけど、食物連鎖の頂点に立っているこの人類だけが国境を持っているんですね。私、そう思っているんです。そのことに関して、人口暴発に対してどういうことを考えていらっしゃるのか伺いたいんですね。
この三つです。
それから、枝廣淳子さんには、ライフスタイルの価値観の転換が必要との意見には賛同します。産業革命は利権を軸とした人間の豊かさに傾いて発展し、人類の膨張をもたらし、地球を破壊してきたんですね。利権に縛られた国益というのは、最も地球を破壊する戦争文明をつくっておるわけですね。地球益と整合性を持った国益は、循環をもたらして平和文明をもたらすと私は思っているんですね。
ところが、その求められるライフスタイルには、私は、地球復活というんですか、地球が最初であるという、だから、その意味では、一つの概念革命が必要ではないかと思っているんですね。それは、やはりあらゆる経済、政治、文化、芸術、芸能、科学技術がすべて地球を復活させる、地球に対して輝きを与えていくという新しい僕はルネサンス、地球ルネサンスが起こらなくちゃ人類の未来を越えていけないような感じがするんですね。そのためにも、国益と人類益、地球益を整合性を持っていくという流れをもしつくっていけたらいいなと思っているんですけど、この辺の質問をしたいです。
よろしくお願いします。
○会長(石井一君) 小宮山参考人、御理解いただけましたか。
○参考人(小宮山宏君) はい。
○会長(石井一君) どうぞお願いします。
○参考人(小宮山宏君) 第一点の、有識者会議で自立国債を提案したものが採用されなかった理由は、私は分かりません。項目別に太陽電池に対する補助ですとかいうことを取り上げられたんだと思いますが、残念ながら採用はされなかった、そこを知っているだけでございます。
枝廣さんがさっきNGOで小規模にやっておられるとおっしゃったように、実はこれは、自立国債の考え方というのはいろんな形で恐らくやり得るんだと思うんですね。民間の少し大きなファンドがやるという考え方というのは多分あって、もしも国が動かないんだったら、動くのにいろんなバリアがあるんだったら民間でできないのかなというふうにも今、友人たちと話しているところです。今、NGOで枝廣さんがおっしゃったとおりのことですよね。それを本当に大規模にやればいいんですね。多分もう一兆円も要らないんじゃないかと思うんですね。国民みんなが、なるほどこれは面白い、こういう方向があるんだということを納得するところまで行けば、後は恐らく国民が自分でやっていけるわけだから、そういう意味で、何とか早くスタートしたいなと考えてございます。
〔会長退席、理事主濱了君着席〕
第二点の原子力に関しましては、よくある議論以上のことは私は存じませんが、今、原子力を止める状況には全くないと思います。これ抜きでやっていけないと思います。いずれ近いうちに、近いうちというのは、二〇五〇年以前に、原子力は当然安全な、安全なという方向に技術の開発、行くと思いますし、自然エネルギーの方はコストの低下、コストの低下というふうに向かっていくと思うんですね。そのときに、最終的にどちらを人類が選ぶことになるか。私はどちらかというと自然エネルギー派なんですけれども、現状から二〇五〇年ということを考えれば、原子力抜きでは考えられないというふうに思っております。
国境に関しては、素人以上の見識がございませんので、控えさせていただきたいと思います。
○参考人(枝廣淳子君) かつては人間は地球に比べると非常に小さい存在で、人間が何をやっても地球に大きな影響を与えることがなかったので、そういったライフスタイルなり価値観なり地球との認識を人間はずっと持っていたと思います。ただ、産業革命以降、科学技術の力を持って今、人間は地球を変えるほどの大きな影響力を持ってしまった。しかし、まだメンタリティーとしては、地球は大きいから私たちが何をやってもきっと大丈夫だと。そのメンタリティーを持ったまま大きな科学技術の力を発揮してしまっている。そこのギャップが今出ているんだと思います。
私も、おっしゃったようなパラダイムシフトが非常に大事だと思っていて、これまでは好きなだけ使っていい、何をやってもいい、でも、やはりこれからは地球の限界の範囲内で折り合いを付けながら生きていく、若しくは経済を運営していく、そういった知恵を私たちは持つ必要があると思います。
温暖化でいえば、皆さん御案内のように、地球は年間三十一億トンの炭素しか吸収できないのに人間は七十二億トン出している。ですから、温暖化が起こっている。人間がみんなで三十一億トン以下で暮らすような社会や経済を築かない限り温暖化は止まらないわけですね。なので、そこのところのパラダイムシフト、地球の限界の範囲内で折り合いを付けながら生きていくということが大事だと思っています。
それを新たなルネサンスと考えるかという点は、いろいろな考え方があると思います。私は、元々日本にはそういった考え方や生き方はあったと思うんですね。
私、小さいとき宮城県の田舎に住んでおりまして、山菜を春になると取るのが好きだったんですが、タラノメが、私たちの地方ではタランボと呼んでいたんですが、とげとげの木の上の方に付くわけです。とげとげで痛いし、上の方で届かないしといってタラノキを折ってしまおうかなと小さいとき思ったことがあるんですが、折っちゃったら来年からここにタラノメは出ないと、だから折るんじゃなくて、毎年出るそこだけを取ればいいって小さいとき思ったんですね。それ、まさに持続可能な生き方だと思います。
日本は、もったいないという言葉もそうだし、もう一つ海外でよく話をするのは、背負い水という言葉が日本には昔あったそうで、人は生まれた時にその人が一生使える水を背負って生まれてくる、だから無駄遣いすると後で自分が困るよという、そういった持続可能な生き方の一つの知恵というのですか、そういうものがあったと思います。
ですから、私たちが忘れてしまったものをもう一度取り戻すことを含めて、そういった意味で、ルネサンスというか、大事なポイントだと思いますし、それは、多くの方が抱いているような後ろ向きで窮屈でというのではなくて、本当に大事なものを大事にするという、見かけのGDPの成長とか数字に踊らされるんじゃなくて、本当に大事なものを大事にすることができる、本当の意味で幸せな社会へつながっていくと私は思っております。
