14 03月 2010

平成20年05月14日

posted by tetsuo okada

国際・地球温暖化問題に関する調査会

○喜納昌吉君 日本から発信力を持っていくためにはどうするかということがあると思いますけれども、日本語にしろ文化にしろ。
 一つは、さっき外務省の山本さんがお話しになっておられたんですけれども、特に歌舞伎、能、茶というのが非常にもうすばらしい文化であるということ。すばらしいんですけれども、私個人としては、いつまでもそれが代表だというのはいかがなものかという考え方があるんですね。やっぱり環境技術がなぜそれだけ評価されるかということは、日本のこの技術力というのが西洋の科学技術を超えたところに光るところがあるんです。輝きがあるんですね。しかし、歌舞伎、能、茶というのはほとんど中国から渡ってきたものだし、非常に過去のままとどまっているという。だから、その意味での評価がありますけれども、それは磨きがもう一つ足らないんではないかという感がするんですね。
 やはり今、日本に試されていることは、今までは、一つ、経済がアイデンティティーを示してきたんですね。しかし、今、中国も経済は非常に、BRICsも含めてすべて経済。特にお隣の中国も経済力持っていますし、アメリカも当然まだ経済力残っていますし、この両国が非常に強く経済で結ばれ始めてきたと、米中がね。その中で、日本の経済のアイデンティティーがつぶされつつあるという、それをどういう形で抜け出すかというところに私はテーマがあると思うんですけれどもね。そのためには、日本の文化を表に出すということもいいですけれども、日本内の文化をどうして文化力を付けるかという、そういう力をつくることができなければ、幾らいい文化を投げても返ってくると見ているんですよね。だから、かえって日本の技術も戦争にしか使われないという方向になっていくんですね。
 私は、やはり日本のアイデンティティーを新しくつくり替えていくという考え方が必要だと思いますね。その意味では、文化力というのは非常に重要なものだと思っているんです、どこかではね。私もたまたま今年の北京の文化イベントの中での最後のアジア・デーに招待が来ているんですけれども、音楽で。
 やはり、思うことは、和合のアートというんですけれども、和合のアート。これはどういうことかといいますと、まず日本の中には、決して歌舞伎や能、茶だけに代表される文化だけではないということ。そこには縄文の文化もあるし、弥生の文化もあるし、これをまず大きく見れば結ぶという方法。そして、その流れの中には、縄文の中には沖縄も含まれ、アイヌの方々も含まれて、そして弥生の中には在日の方々、あるいは民団、総連、たくさんありますよね、それから外国のものもあるし、そういうものを融合していくところに大和という一つの、僕は和合の中に一つの日本の、聖徳太子以前の一つの文化の流れがあると思うんですよ、私はね。
 そういうものをもう一度、歴史を深く深く掘り下げていって、言わば地球規模で、人類規模で物事を昇華していくぐらいの大胆な、ダイナミックな文明というのかな、文化運動を起こすということが僕は非常に日本に求められていると思っているんですね、私はね。だから、ある意味では今非常に日本は衰弱しているという視点はありますけれども、非常にチャンスであるというふうに、私から見るとね。
 それで、一つは、エリートだけで判断する文化発信というのは、少しもう一度改める必要があるんじゃないかという、そう思って私は考え、思いながら聞いていたんですけれども、どうお思いですか。

○政府参考人(山本忠通君) 喜納先生がおっしゃるように、私どもも終極的にはもっと努力していく余地があるというのは本当にそのとおりだと思います。
 私ども、例えば近隣諸国、特に中国、韓国と文化協議をするときに、やはり歴史的に共通のものを持っていたりするわけですから、そういうものに根差して、例えば外国で文化の活動をやるときに一緒にできないかというようなことを言ったり、それから、シンポジウムみたいなものを一緒に話して、まさしく今のようなことを考えていったらいいんだろうとは思っております。そこまでまだいっておりませんので、今後そういうところは話していかなきゃいけない課題だと思います。
 おっしゃるとおり、日本がこういう日本の新しいアイデンティティーというんでしょうか、文化的にどういうことが人々にとって大事なのかということを、これからの社会において大事なのかということを文化面で更に掘り下げることにもこのことは使っていくべきだというのは全くそのとおりだと思いまして、是非そういうふうにしたいと思います。なかなか難しいと思いますけれども、やはりそういう知的な文化面における最先端の作業を例えば文化庁なんかとも一緒にしながらやっていくことが大事だと思います。
 歌舞伎についても、一つ洗練という意味で非常にやはり各国に受け入れられたりする。沖縄の例えば舞踊もそうですけれども、やはり分かるんですね、皆さんいいものは。本当に完成されたいいものというのは分かる。そういうことで、日本の芸術家の方々が持っている完成度の高さというようなものを見ていただくことは、それは日本の蓄積した歴史がやっぱりなせるものなんで、そういう意味でもいいのかなと思っております。
 

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