14 03月 2010

平成16年11月10日

posted by tetsuo okada

憲法調査会

○喜納昌吉君 民主党・新緑風会、喜納昌吉と申します。
 私の憲法観を述べます。
 二十一世紀を迎え、地球規模の問題が山積する中、真の全球化に適応できる国家の枠組みを作ることは、日本のみならず全人類にとっての大きな命題だと言えると思います。チェルノブイリの事故、酸性雨の問題、地球温暖化、そして戦争など、国境線を越えて存在している様々な問題は、安全保障を含めて地球規模の問題となっています。病は地球単位であるのに、治療は国家単位で行っていたら間に合うはずはありません。今後、国益は人類益との整合性を図らねばならない時期に来ていると思います。持続可能な発展とは健康な地球と付き合うことを意味するのです。そういう意味で、日本国憲法の前文と九条は世界をリードする概念であり、理念であると言えるでしょう。
 国際協調が叫ばれる中、国連憲章の重要性はますます高まってきていますし、その国連憲章に勝るとも劣らない日本国憲法の前文と九条を珠玉にして国連改革をうたい、日本がグローバリズムの先頭に立つという気概を持って憲法改正に努めるべきではないでしょうか。
 日本はペリーの砲艦外交による文明開化で門戸を開きましたが、そのショックは現在も日本民族の精神のトラウマとして残っています。幾多の戦争を重ねた末、第二次世界大戦で敗北し、GHQと米国務省の双頭体制によって占領政策が行われ、日本の憲法学者を巻き込み、陣痛を繰り返しながら日本国憲法が制定されました。
 国連憲章に基づいて人類の規範となる憲法をつくろうと試みたマッカーサーの自然法的理想主義とダレスに代表されるドミノ理論へとつながる実定法的現実主義との葛藤のもつれが顕著に現れている憲法九十八条の呪縛は、いまだに日米安保、日米地位協定という形で日本を縛り続けています。護憲論者も改憲論者もそのことに気付いているでしょうか。我々は、護憲や改憲という視点を超え、まず憲法を独立の次元からとらえなければならないと思います。
 ローマ法典に基本を置く自然法的理想主義と実定法的現実主義を地球規模の観点から更に発展させ、真のグローバリズムのひな形を日本から構築するような新憲法を提唱すべきです。力によって押さえる全球化ではなく、宇宙に開かれた全球化を成し遂げるためには、地球こそが人類の聖地であるという理念に向かって、日本が憲法前文と九条を世界にプレゼンテーションすることだと私は思います。
 すべての武器を楽器に。
 どうも。

○喜納昌吉君 陸海空を保持しているというお言葉が出ていたんですけれども、厳密に言えば、陸海空を保持させられていると言った方が正しいと私は思うんですけれどもね。いつも、朝鮮半島から風が吹くとアメリカ風邪にかかるというのが日本の僕は歴史だという感じがするんですね。
 思うに、結局、日本国憲法に、基本的には皆さん、その何というんですか、憲法九条は、あれは前文というのは六十年前のものであって古くなったと言うんですけれども、私から見ると、この憲法、日本国憲法にでき上がった自衛隊そのものがおできとなって、病となって膨れ上がってしまっているという。これは自国の本当の軍隊であることに疑問があるということですからね。だから、我々は、その中にあるそのアメリカのとげを取らなくちゃいけないということ。この自衛隊をどこで、それじゃ我々はそのうみを出すかということにすると、これは国連しかないんですよ、国連。我々は国連の中にこの軍隊を、そのうみを出すことによって、そうして自衛隊というものを浄化して、集団的自衛権というものも基本的には国際協調の名の下に認知させていくという考え方が必要だと私は思っているんですね。
 そのためには、一つ安全保障というものを作っていくために、日本が、今現実的な問題として述べていたんですけれども、そういうワクチン、この戦争が、この日本が抱えているひとつ病を治すワクチンを、沖縄をうまく使えばいいんではないかと私は思っているんですよ、これは。まあちょっと極端な言い方なんですけれども、沖縄を独立させるぐらいの気持ちを持てばいいです、これ。それは国連に委託するんです、信託統治でもいいですから、そしてそこにひな形を作っていくという。そうして、自衛隊は正に人類の先頭に立って、自衛隊の武力が人類の先頭に立って、この全人類から武器を解体していくという方向にベクトルを国連と協調しながら作っていくという一つの概念も持ってもいいんではないでしょうかと思っていますね。その意味では、中国ともEUともアメリカとも、あらゆる全人類を招きながら話合いをしていくという方法もあるんではないかと私は思っています。
 是非、沖縄を、このトランスフォーメーションの流れの中で危険な場所にするのではなくして、平和の配当という形、平和の配当という言葉がありましたが、今度こそ沖縄を平和の地政学として使ってほしいという気持ちがありますね。
 よろしくお願いします。

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